移動することの難しさ

かつて人類は狩猟で生活していたとされ、
移動をしながら生活拠点を移していたと言われております。

これは同じ場所に長期間とどまると、
当時はトイレなんてありませんから衛生上の問題や周りの食物や、
そこら辺の生き物を食べつくしてしまい生態系を破壊してしまうので、
一定期間他の場所に移り、また戻ってくるといったことを繰り返していたんだと言われております。



人類の大脳をもってしても、
移動しながら生活していくことは、
外敵から身を守る、寝床や食料を確保するなど、
相当の負担を強いられるので、
その日暮らしの生活のためにほぼ全ての能力を使い切るくらい過酷だったそうです。

その移動生活という事で思い出したのですが、
今ではほとんど見なくなりましたが、
サイドカーという乗り物はご存知でしょうか。

私の従兄弟が20代の頃、
このサイドカーに乗って日本を1周したのです。

従兄弟といっても年齢が20歳も離れているので当時の事をリアルに見たわけではありませんが、
すごい事したなーと改めて思います。

ほぼ全ての期間をテントで生活し、
極限の節約をしながら移動をしていったそうです。

話の中には、兄弟喧嘩をして1週間口をきかなかったとか、
大雨が突然降ってきて全てがずぶ濡れになったとか、

タイヤがパンクしたとかいろんな事があったそうです。
ただ、地元の方々にたくさんの援助を受けたことも言っていました。

もう40年前の話ですから携帯電話も何もなかった時代です。
自分にも兄貴がいますが、一緒にサイドカーで日本1周は到底考えられません。

そう考えると、本当に仲のよい兄弟なんだと思います。
その従兄弟が埼玉県の岩槻に住んでいて、
僕と年齢がかなり離れていることもあり、
たくさん遊んだ記憶はないのですが、
小川で魚釣りを教えてる時にその話を何回も聞かされて、
「自分が大人になったらもう一回日本1周をやろう」と従兄弟に何度も尋ねたことを覚えております。

その時に決まって従兄弟が返してきた言葉が、
「あんなつらい事、二度とやらない」でした。

ただ、自分もいつかやろうなんて頭のどこかで思っており、
サイドカーではないにしても、違った乗り物を駆使してやってみたいものです。

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2017年07月05日 未分類 トラックバック:- コメント:0

便利な社会がもたらすもの

先日、救急車がサイレンをあげて立ち往生しているシーンを見ました。

救急車が脇道から本線に出ようとしているのですが、
本線の車が全く止まってくれないのです。

最終的に信号が赤になり、そのタイミングでようやく本線に入る事ができました。

救急車の出動回数は年々増加の一途をたどっており、
都心のドライバーからしてみると救急車が救急でなく常態となっているのでしょう。


ちなみに出動に関する内訳を調べてみた所、
半数が不要不急だそうです。

スーパーマーケットなどは年末年始も関係なく営業しているお店がほとんどです。

コンビニも家の近くに何件もできるようになりました。

家族でレストランに食事に行きました。
隣のテーブルにうちと同じ4人家族が座っていたのですが、
4人とも会話なくスマホをしており、
食事が運ばれてきたらスマホを見ながら食事をしていました。


駅でエスカレーターや階段があるのにエレベーターを使用している若い女性を何度も見ます。


世界も日本もどんどん便利になっていくように見えますが、
便利にも当然この言葉が当てはまります「過ぎたるは及ばざるがごとし」。

便利を作った人間とそれを利用する人間がいますが、
物の道理がわからないで便利のみを利用すると人間としての視野がどんどん狭くなる気がします。


買い物はインターネット、

スマホを眺めながら音楽を聴きながら歩く人、

お店でサービスが悪いと怒る人・・・。


脳にある前頭葉という箇所が弱くなると、

①外界に対して無関心、無頓着、

②注意力がなくなり、反応性が乏しくなる、

③状況を理解したり、推理したりすることが困難、

④時と場所をわきまえない浅はかな言動が多くなる

⑤我慢ができなくなり、己の感情のままに行動するようなる、


とこんな症状が出てくるそうです。前頭葉や海馬という器官は、
会話をしたり旅行など知らない場所に行くといった刺激を受けることによって発達し、
それをしなくなると萎縮していきます。

ですので、便利が前頭葉を弱らせているとしたら、
自らの便利さを改めて整理していかないと取り返しがつかなくるかもしれません。

2017年04月14日 未分類 トラックバック:- コメント:0

酵素ダイエット


医食同源と申しますが、
最近本当に日々の食事がいかに重要なのかが分かってきました。

実は昨年の3月頃から酵素ダイエットを始めております。
ダイエットと言っても断食などをするわけではなく、
朝にキャベツの千切り、リンゴ半分、バナナ1本、無糖ヨーグルト、豆乳150mlを食べるだけです。

これだけです。

自転車通勤を片道30分はしておりますが、
今までの食生活では体重は全然減りませんでした。

それが、この朝食習慣をするようになってから体重は少しずつですが5キロくらいまで減っていき、
そこからは現状維持となっております。

正直、この朝食ですとお昼になる前に結構な空腹を感じるですが、
なんとなく空腹時の方が集中力が増しているような気がしております。


話を戻しますが、酵素には「消化酵素」「代謝酵素」「食物酵素」があると言われております。

前の2つは体の中に存在するのですが、
基本は同じ酵素です。

食べ物を吸収した際に消化酵素が表れて消化を助けます。

また、寝ている時の新陳代謝は代謝酵素が表れて代謝の手伝いをします。

油系や消化の悪いもにを大量に食べていると、
消化酵素が大量に消費され代謝酵素が減少します。

つまり、肌つやや体調が悪くなります。

食物酵素は、生野菜や果物に多く含まれ、
これらを摂取すると体内の酵素が増加します。

酵素は有限で消費するとすぐになくなってしまいますので、
生野菜等は毎日食べるのがいいというのはそういった理由の一つです。

野菜を先に食べるというのも消化を助ける理由からです。

病気をすると食欲が無くなるのは、
代謝酵素が大量に消費され消化酵素が減少するためです。

先日、日本の村単位での平均寿命を調べた本を読んだのですが、
村単位で平均寿命が全く違うのです。

長寿村の食生活は共通していて、
野菜(人参、いも類、かぼちゃ等)、大豆類(納豆や豆乳)、海藻類を毎日食べている村、

寿命が短い村は塩分の多いものをおかずにして米を大量に消費します。
畑を持っていない村は寿命が短くなっていました。

酵素パワー、一つの知識として頭において頂ければと思います。

2017年01月11日 未分類 トラックバック:- コメント:0

おじいさんとの思い出

山形のお爺さんが先日101歳で亡くなりました。

お婆さんは既に96歳で亡くなっております。

先祖もほとんどが80歳後半まで生きていましたので、
基本的に私の家系は長寿なのかなと勝手に思っております。

お爺さんもお婆さんも何がすごかったかと言うと、
両方とも老衰で亡くなったのですが、大きな病気を一つもしていないという事です。

特にお爺さんは病院に入院したことが無いと思います。

二人とも農作業を毎日行っており、忙しい日々を過ごしていましたが健康そのものでした。
今思うと、お爺さんが健康だった理由(自分の勝手な思いですが)が分かりました。

①人と話すのが大好きだった(ものすごくお喋りが好きだった)。

②出かけるのが好きで、農業がオフの時期にとにかく全国に旅行していた。

③ごはんは米粒一つ残さずに完食していた。

④自分の物全てに自分の名前を書いていた(これは関係ないですかね)。

⑤とにかくよく笑っていた。とこんな感じです。


毎日農作業で忙しくしていたので一緒に遊んでもらった記憶は少ないのですが、
小学生の時に山形の鶴岡市で開催する夏祭りに連れて行ってもらったことがあり、
夏祭りの前にラーメン屋で夜ご飯を食べることになったのですが、
みんなで同じ冷やし中華を頼むことになりました。

その頃の僕はラーメン一杯を完食出来なかったので、
残したらお爺さんに怒られると思い必死で食べなきゃと思ってました。

実はその時初めて冷やし中華を食べたのですが、
「なんて美味しい食べ物なんだ!」と感動したのを思い出します。

お爺さんが良く言っていました。
「俺の友達で山側に住んでるものはみんな亡くなった、生きてるのは海側に住んでるものだけになった」


そんなお爺さんも亡くなってしまいましたが、よく笑って、体を動かし、ごはんをきちんと食べる事がいかに大事かを改めて教えて頂いた気がします。

2016年08月18日 未分類 トラックバック:- コメント:0

たまにテレビを見て感心することがあります。

例えばプロ野球選手や宇宙飛行士などが小学生だった頃の学校文集などに、
「将来の夢」が「プロ野球選手になる!」とか「宇宙に行く!」といった内容になっていることです。

僕が小学校の頃は全くそんな事は考えておらず、
何を書いたかも覚えておりません。


やはり、念じていることは叶うものなのでしょうか。


ただ、そんな感心事について少し考えてみました。

当然のことですが、プロ野球選手になりたい子供は、
その当時から少年野球をやっていたのだと考えられます。

宇宙に行きたいと言った子供も、
おそらく親か周りの人の中に宇宙に対しての深い見識がある方がいたのだと思います。

日本で生まれ育った子供が英語をネイティブに話せないのと同じで、
自分が関わっていない(経験がない)ものを子供が表現できることは極めて少ないと思うのです。

政治家や資産家などにおいても同じで、
自分の親が政治家であったり、
ビジネスを成功させている人であったりと大体そんな感じが多い気がします。

僕は歴史の三国志が好きなのですが、
そこに出てくる英雄曹操においても、
先祖から皇帝に仕える家柄で、
大変な資産家だったそうです。

高度な学業を積み、
お金の力もあって曹操自身も当時の皇帝に仕え、
当然本人の能力もあって、
戦乱の世の三国時代にトップの座についたわけです。

僕は子供の頃は千葉の田舎で育ちましたので、
少年野球やサッカーができる環境などはなく、
おそらく周りに宇宙に見識を持っている人もいなかったように思います。

将来の夢は自身自身で決める事ですが、
少なくとも子供の内は選択肢の多い環境にしてあげることは非常に重要だと思います。

うちの長男も中学1年生になり、
陸上部に学習塾にと頑張っております。

見ていてすこし大変そうですが、
まだ分からない将来の夢に向かって頑張ってほしいです。

2016年06月18日 未分類 トラックバック:- コメント:0

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