募集時の労働条件明示について
今回は、求人票の明示と異なる賃金を労働者に支払う場合について考えてみたいと思います。ある判例を紹介します。一審原告側労働者Xらは、一審被告側使用者Yの従業員である。入社後のXらの賃金額は、Xらが閲覧した会社の求人票に記載された基本給見込額を下回るものでした。Xらは、入社試験の合格通知が送られてきた後、YがXらに労働条件を明示した事実が無いので、Xらと会社間に求人票の記載賃金等を内容とする労働契約が成立していたと主張して、Xらの入社時に遡り求人票記載の賃金見込額と実際にXらが受領した賃金確定額との差額の支払いを求めました。(八州事件:東京高判昭58.12.19 労判421-33)
労働条件の明示義務は労基法第15条で規定されています。各種判例等をみると、労働契約が成立するのは、採用の内定が決定した時とされています。つまり、使用者は採用内定時までに労働条件を明示する義務があるという事です。では、採用内定時の前に労働条件を明示していたが、実際に就労開始までに時間があった場合はどうなるのでしょうか。採用内定前の「見込額」と実際に就業した際の「確定額」は、本来同額であればなんら問題は無いはずです。では判例の様に差異が生じた場合の判決はというと、「見込額とはもともと変動を予定しているもので、これを賃金の最低保障と位置づけすることは妥当ではない」、「他方で応募者はこの「見込額」が「確定額」を大きく下回る事はないであろうと期待しているのであるから、企業はこの期待に著しく反する事はできない」としております。要は、「見込額」と「確定額」の差異に社会の常識や通念に照らして相当な範囲内のものでないとダメですよということです。
賞与については毎月の賃金と同じではなく、「見込で年3ヶ月分」と明示していても、不確定な要素が強いと考えられています。経営悪化により賞与原資が例年より低くなることは十分考えられ、採用時の賃金明示内容が、直ちに労働契約の内容にはならず、確定的に説明された比率の賞与を支給することを約束したものではないとの判例も出ております。また、近年は中途採用者の募集に関する紛争も増えてきております。中途採用者の判例について見てみると、「月給162,000円~350,000円」という求人広告に対して応募した労働者が、月給120,000円しか得られずに未払差額賃金を求めて訴えを起こした事件があります。(ファースト事件:大阪地判平9.5.30 労判738-91)この事件において裁判所は次のように述べて労働者の主張を退けました。判決内容として、「中途採用者は新規卒業者と違い年齢・能力・希望賃金に幅があり、採用を決定するにあたり使用者と応募者との間で賃金の交渉がなされるのが自然である。従って、他の労働条件の詳細な説明を受けながら、賃金について説明を受けなかったとする労働者の主張は不自然である。就職雑誌の広告とは異なる賃金月額が採用面接時に労働者と使用者の間で合意されていたと認められる」ということです。中途採用者を採用する場合は、使用者との話合いで個別に契約内容を決めるべきでものだという事です。
要約すると、求人票等に賃金の明示を行った場合、ある程度の契約効力を有することになります。「見込額」と「確定額」に差異が生じるのであれば、採用前や内定時に十分な説明が必要であり、著しく差異を生じることは信義誠実の法則に反することになります。