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大人のマナー欠如は致命的

自分にとって大事なものは何かと考えると、
仕事や家族やお金や・・・、といろいろ浮かんできます。

その大事なものの中で、結構大事なのが「礼儀作法」じゃないかと思います。

私の母親は礼儀作法に厳しい人なので、
挨拶や玄関での靴の脱ぎ方、揃え方などは、本当に嫌になるほど言われました。

おかげで、「佐々木さんちのお子さんは礼儀正しくて・・・」と言われてたことを今でも思い出します。

礼儀が良くても成績が良かったわけではないのですが、
言われて嫌な気分ではなかったです。

仕事をしていて、様々な場面で沢山の人にお会いしますが、
一定の年齢の人で挨拶や会話がスムーズにできない人を見かけます。

先日、ある会食の場で全く喋らずに、
話しかけられた内容に答えるだけ、
お酒も注がれるだけで自分から注いでこず、「自分は人見知りなんで・・・」と言っていました。

年齢は42歳でした。

なぜ、礼儀作法が大事な理由はいろいろありますが、
私が昔アルバイトしていたレストランでのウェイターを思い出します。

そのレストランでは、テーブルへのお客の誘導、
水の注ぎ方、メニューの取り方フォーク・ナイフの置き方、料理の運び方まで徹底して教育されました。

店に入ってきた時から帰るまで常にお客を見ていないと、
これらの礼儀作法やマナーが不完全になります。

要するに、自分の視界に相手が入っていることが挨拶や礼儀作法を行える条件になります。

相手が視界に入っていても、それを遮断しているケースもありますが、
それでも視界に入っていないとその選択すらできません。

ですので、礼儀作法がきちんと出来る人は、
常に周りの人を見ている人ということになると思うのです。

視界に入っていても礼儀作法が出来ない人は、
まだ幼稚な子供か何か理由のある大人しかいません。

朝、職場に来たら「おはようございます」、

帰社するときは、「お疲れさまでした」と挨拶し、

間違っていたら「申し訳ありませんでした」、

そして、会食の場で、一定程度の会話が出来ることは大人の人間として重要なことなのではと思っております。

2018年05月14日 未分類 トラックバック:- コメント:0

間抜けな行動は事故のもと

新しい1年がスタートしました。
今年も宜しくお願い致します。

職業柄、人を観察する癖がついてしまっているのですが、
この人は、「自己完結」できる人かどうかを見るようにしています。

これは自分が勝手につけた言葉で、
当然自分にも当てはまります。

沢山あげられるのですが、
例えば頼み事ばかりしている人、
約束や決まりを守れない人、
仕事や物事を完遂できない人などが「自己完結」できない人です。

自己完結できない人の例として当たり前なのですが幼い子供がそうですね。

先ほどの行動や思考が全面に出ている人は、
基本的には他人を巻き込みます。

つまり、他人に何かしらの気を遣わせたり、
もっと言うと何かしらの迷惑を与える人のことです。

例えば、歩きスマホの人を良く見かけますが、
彼らは道を歩いていますが、目をつぶっているのと同じです。

ですから周りの人が避けなければなりません。
間接的に「スマホ見ているから避けてくれる?」と頼み事ばかりしています。

当然ルールも守っていません。
これらの人の厄介な共通点として、
本人が意外と気づいていないという所です。

行動特性で言うと、
責任感が低く、
客観的な視野が乏しい、
人の痛みをあまり分かっていない人だと考えられます。

単純な言葉でいうとギブ&テイクができない人です。

自分もそうなっていないかを注意しています。

昔、高校の先生が言っていた「間が取れない行動はするな」という言葉を思い出します。

例えば、電車内で大声で話す、
ながらスマホをする、
きちんと挨拶をしない、
必要以上に顔に近づいて話をするなどが、
間が取れない行動です。

高校の先生が言うには、
このような行動は争いの原因になると言っていました。

今ではよく理解できます。

おそらく、世の中で起こるイザコザの大半が、
このような間抜けな行動に感情的になった結果だと考えられます。
ただ残念なことに自分も含めて間が抜けた行動は人間である以上取ってしまう時があります。

新しい年が始まったばかりです。変な問題に巻き込まれないように十分に間を取って行動していきたいと思います。

2018年01月31日 未分類 トラックバック:- コメント:0

ゴルフのレッスンプロ4回コースに申し込みしました。

今までたくさんの人にゴルフを教えてもらいましたが、
全く上達しないままでした。そもそも大学生の頃に友人に誘われてゴルフをスタート。

コースは2回ほど行きましたが、マラソン大会だったのかという感じを残し終了。

社会人になってからも誰かに誘われて練習を何回かし、
コースも1~2回出ましたが、その時もよくわからないまま終了。

ラウンド自体は楽しいのですが、どうしてもボールが思った通りに飛ばせず状態でした。

その後も、親戚や友人などに「ああしろ、こうしろ」と教わりましたが、
どうしても上手くならず、意を決してレッスンプロに教わろうと考えたわけです。

結果は、まさに目から鱗の状態で、何が原因でだめだったのかがようやく理解できたのです。

教わった内容を練習場で繰り返し行い、
ある程度ですがボールをまっすぐに飛ばせるようになりました。


ゴルフって楽しいですね。


一応ここまで出来るようになった以上は、
90台で回れるようになりたいと思います。

仕事も勉強も同じですが、分かるようになってくると、
なんでも面白くなってきます。

そうなるためには最初の一歩が肝心です。

最初にレッスンプロに習っていたら、
自分のゴルフ人生は変わっていたかもしれません。

と考えると、仕事も最初のレッスンがいかに重要かが分かってきます。
きちんと教わったか、模範になる先輩や上司がいるか、本人のやる気も大事ですが、
教育メニューも真剣に考えないと大きなロスにつながる可能性は大です。

レッスンプロでも上手な教え方とそうでない方がいるように仕事でも教え方が上手な方はいると思います。

社内で教え方が上手な社員がいる場合や様々なノウハウがあるのであれば、
些細な事でも結構なので、マニュアル化しても面白いかもしれませんね。

2017年12月15日 未分類 トラックバック:- コメント:0

感謝の本当の意味

たわいもない話なのですが、
私の知り合いに「感謝」を連発する人がいます。

二言目には「感謝します」、「感謝」、「感謝しないと」

とこんな感じです。


僕の中では、なんとなく違和感を感じますが、
気のせいでしょうか。

自分でもよく分かりません。

ちょっとネットで知らべてみたのですが、
感謝の「謝」というのは、
言+身+寸の三つで構成された漢字で、



言⇒言葉でありがとうと言う


身⇒何かしらの行動で恩返しをする


寸(お金の意味)⇒寸志という言葉があるようにお金でお返しをする


といった文字だそうです。


という事ならば、「感謝」という言葉だけを連発して「身」と「寸」を表現して
いない人は、1/3しかお返しをしていないことになりますね。

何となく人が見られてしまいそうです。

毎度、毎度、1/3では困りますから、
3回に1回は「身」と「寸」も含めて表現するのが、
世の習わしということでしょうか。


私も人から何かをしてもらったら、「謝」という文字を思い出すようにします。

2017年09月11日 未分類 トラックバック:- コメント:0

移動することの難しさ

かつて人類は狩猟で生活していたとされ、
移動をしながら生活拠点を移していたと言われております。

これは同じ場所に長期間とどまると、
当時はトイレなんてありませんから衛生上の問題や周りの食物や、
そこら辺の生き物を食べつくしてしまい生態系を破壊してしまうので、
一定期間他の場所に移り、また戻ってくるといったことを繰り返していたんだと言われております。



人類の大脳をもってしても、
移動しながら生活していくことは、
外敵から身を守る、寝床や食料を確保するなど、
相当の負担を強いられるので、
その日暮らしの生活のためにほぼ全ての能力を使い切るくらい過酷だったそうです。

その移動生活という事で思い出したのですが、
今ではほとんど見なくなりましたが、
サイドカーという乗り物はご存知でしょうか。

私の従兄弟が20代の頃、
このサイドカーに乗って日本を1周したのです。

従兄弟といっても年齢が20歳も離れているので当時の事をリアルに見たわけではありませんが、
すごい事したなーと改めて思います。

ほぼ全ての期間をテントで生活し、
極限の節約をしながら移動をしていったそうです。

話の中には、兄弟喧嘩をして1週間口をきかなかったとか、
大雨が突然降ってきて全てがずぶ濡れになったとか、

タイヤがパンクしたとかいろんな事があったそうです。
ただ、地元の方々にたくさんの援助を受けたことも言っていました。

もう40年前の話ですから携帯電話も何もなかった時代です。
自分にも兄貴がいますが、一緒にサイドカーで日本1周は到底考えられません。

そう考えると、本当に仲のよい兄弟なんだと思います。
その従兄弟が埼玉県の岩槻に住んでいて、
僕と年齢がかなり離れていることもあり、
たくさん遊んだ記憶はないのですが、
小川で魚釣りを教えてる時にその話を何回も聞かされて、
「自分が大人になったらもう一回日本1周をやろう」と従兄弟に何度も尋ねたことを覚えております。

その時に決まって従兄弟が返してきた言葉が、
「あんなつらい事、二度とやらない」でした。

ただ、自分もいつかやろうなんて頭のどこかで思っており、
サイドカーではないにしても、違った乗り物を駆使してやってみたいものです。

2017年07月05日 未分類 トラックバック:- コメント:0

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